「最近テレビを見ていて芸能人の名前がパッと思い出せなくなった」、「人と約束をしていたのを忘れていて当日に焦った」、「物をしまった場所がなかなか思い出せなくなった」、などはもの忘れで受診される方の訴えとして非常に多いものです。多くは加齢に伴う通常の記憶力の低下でありさほど心配はいりませんが、以下に挙げたような認知症の初期症状の場合もあります。
アルツハイマー型認知症
新しい出来事が覚えられなくなる症状が初期に出やすいと言われています。「5分前のことを何度も何度も訊いてくるようになった」などです。記憶がない部分を取り繕うような会話が多くなります。進行してくると日付の感覚や自分の年齢がわからなくなったり、慣れた道に迷ったり、車を頻繁にぶつけるようになったりします。ボーッとした状態になり、趣味に関心を示さずあまり外出もしなくなります。最終的には手足の運動機能やものを食べる機能も衰えてきます。
アルツハイマー病のメカニズム
アルツハイマー病では海馬や大脳新皮質という部分で脳の神経細胞が死んでいくことで認知症の症状が出現します。
脳の神経細胞がどのようにして死にいたるのか。アルツハイマー病のメカニズムとして重要なのが「神経原線維変化」と「アミロイドβタンパクの蓄積」の2つであるといわれています。
神経原線維変化(Neurofibrillary tangle;NFT)
神経細胞の中に「リン酸化タウ蛋白」と呼ばれるたんぱく質が異常に蓄積した状態です。これにより神経細胞が脱落(死亡)していくことがアルツハイマー病の重要なメカニズムの1つです。ただし、この神経原線維変化は一般的な脳の老化現象として誰にでも普通に生じる現象であり、20歳代から少しずつ脳に生じてくるといわれています。
この誰にでも少しずつ起こる神経原線維変化を加速・拡大させて一気にアルツハイマー病に持っていく効果を持っている物質が「アミロイドβ蛋白」です。
※アルツハイマー病だけでなく、通常の老化やその他の神経疾患、ボクサー脳などでも起こります。
アミロイドβ蛋白の蓄積
アミロイドβ蛋白は脳の神経細胞の老廃物のようなものです。通常は自然に分解されて排出されますが、何らかの原因でアミロイドβ蛋白がそのまま神経細胞内に溜まってくることがあります。こうして蓄積したアミロイドβ蛋白は上で述べたリン酸化タウ蛋白の生成を手助けし、神経原線維変化からの神経細胞死を招くのです。
もともと誰にでも少しずつ神経原線維変化は生じるといわれていますが、このアミロイドβ蛋白の蓄積が起こると神経原線維変化がより急速に生じ、さらに脳の広い範囲に(海馬や大脳新皮質)拡がりやすいとされています。
※アルツハイマー病においてはアミロイドβ蛋白の蓄積がタウ蛋白の蓄積や細胞死を促進します。
アルツハイマー病の検査
昔はアミロイドβの沈着や神経原線維変化は実際に死んだ人の脳を解剖して病理検査というものを行ってやっと確認できる(顕微鏡で見えるアミロイドβの沈着は老人斑やアミロイド斑と呼ばれます)ものでした。近年はこれをPETやMRIの画像検査、血液検査や髄液検査などで生きている間になるべく早期に見つける試みが広く行われています。
アミロイドPET検査
PET検査と聞くと癌の検査を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、PET検査では癌以外のものでも特定の物質が体のどこかに溜まっていないかを調べることができます。専用のPET検査でアミロイドβ蛋白の脳内への蓄積も見つけることができます。自費で10万円以上かかる検査ですが、2023年12月より保険適応がされ、数万円程度で受けられるようになりました(特定の条件を満たした場合のみです。検査できるのは専門の病院に限られます)。
髄液検査
腰のあたりで背骨の隙間から長い針を刺しこむと、脊髄の近くから脳脊髄液(脳や脊髄の周りを満たしている液体)を採取することができます。この脳脊髄液の中に含まれているリン酸化タウ蛋白やアミロイドβ蛋白の量を測ることで、アルツハイマー病であるかどうかの判定に役立てることができます。この検査も保険適用されており、認知症の疑いがある患者さんは専門の病院で受けることができます。
MRI検査
脳の萎縮の程度を視覚的にみることが可能です。特に、アルツハイマー病の場合は記憶の保持に関わる海馬や、その海馬を含む辺縁系と呼ばれる部分に強く萎縮がみられることが特徴です。ただし脳の萎縮自体は単なる老化現象のひとつとして起こってくるものですし、その他の脳の病気や外傷などによっても起こります。脳が萎縮していなくてもアルツハイマー病が始まってきている方もいますし、逆に脳が萎縮してスカスカになっていても認知症になっていない人もいます。
このページの最後の方にも書いていますが、MRIの結果だけでアルツハイマー病と診断するのはやや無理があります。アルツハイマー病の診断はあくまで診察や認知機能のテストや検査結果をみて総合的に判断するものです。
血液検査
脳に沈着したアミロイドβ蛋白やそれに由来する断片(ペプチド)は、血液中にも微量に漏れ出してきます。その微量の血中アミロイドβ蛋白を血液検査で検出する試みがなされており、一部が実用化されています。ただし2024年9月時点では血液検査によるアミロイドβ蛋白検出は「補助的検査」としての位置づけであり、保険適用もされていません。「血液検査だけでアルツハイマー病が診断できます!」という性質のものではありません。現時点でそのような検査は存在せず、後に述べるレカネマブという新薬を投与できるかどうかの判断にも使えません。
アルツハイマー病治療の新薬について
2023年12月20日に日本でアルツハイマー病の新しい治療薬「レカネマブ(商品名:レケンビ)」が保険承認されました。「保険承認」とは厚労省が効果ありと認定し、原価で年間300万円程度かかる注射薬を保険で1~3割の負担で投与できるようになったということです。初期で軽症のアルツハイマー病の患者さんに限り使えます。
レカネマブは上に述べたアミロイドβ蛋白に結合し、脳内から除去させる効果があります。これにより、アルツハイマー病の進行を遅らせる効果があります。ただし進行を止めたり、認知機能を回復させたりといった効果は期待できません。現時点でそのような薬は存在しません。
レカネマブは2週間に1回投与する注射薬です。レカネマブを投与できるかどうかの判断材料として、上に挙げたアミロイドPET検査、もしくは髄液検査が必要です。また、レカネマブの副作用としてARIA(アミロイド関連画像異常)と呼ばれる現象があります。これは脳が腫れたり液体が溜まったり、脳内に出血したりする副作用です。確率は低いですが意識障害や痙攣といった重症の副作用が出ることもあります(※1%以下)
上に書いたような理由もあって、レカネマブはどこの病院でも投与できる薬ではなく、専門の設備と専門の医師がそろっている病院に限り使用できます。当院でもレカネマブの投与はできませんが、レカネマブを使えるかもしれない患者さんであれば専門の病院に紹介させていただくことは可能です。
従来からある認知症の薬について
ドネペジル(商品名:アリセプト)、ガランタミン(商品名:レミニール)、リバスチグミン(商品名:イクセロンパッチ、リバスタッチ)、メマンチン(商品名:メマリー)は認知症の進行を遅らせる薬で、20年以上使われてきています。リバスチグミンは湿布薬で、それ以外の3つは内服薬です。
これらの薬はいずれも「シナプス」という、神経細胞同士で情報を受け渡す場所に作用します。1つの神経細胞から次の神経細胞に情報を伝える物質が足りなくなっている状態を改善したり(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)、情報を伝える物質が過剰になっている状態を改善したりします(メマンチン)。
アミロイドβ蛋白に対する薬のように神経細胞自体の死そのものを直接に抑え込む薬ではありませんが、これらの薬も認知機能の低下を遅らせる効果はたしかに証明されています。
また、認知症の症状として怒りっぽくなったりイライラしたりする症状(BPSDと呼ばれます)が強い場合は、上記の薬に加えてブレクスピプラゾール(商品名:レキサルティ)という薬や抑肝散という漢方薬を併用することもあります。
当院でもこれらの従来から使われてきた認知症の薬の処方は可能ですので物忘れが気になる方はご相談ください。
※神経細胞自体の死を直接防ぐわけではありませんが、認知症の進行を抑える効果があります。
レビー小体型認知症
初期にはあまり記憶力の低下が出ないこともある認知症です(進行すればもちろん記憶力が落ちます)。ものごとを順序立てて段取りよく行うことが苦手になったり、不注意なミスや判断ミスが増えたりすることが多いです。睡眠中に突然異常な行動を取るようになったりもします(レム睡眠行動障害といいます)。幻覚が見えたり、妄想のような発言を繰り返したりします。進行するとパーキンソン病のような震えの症状が出てきたりします。
レビー小体という異常なタンパク質の塊が大脳に広範囲にたまることで起こる病気ですが、その原因はよく分かっていません。治療としてはアルツハイマー型認知症と同様に進行を遅らせるような薬の投与を行いますが、幻覚や手の震えに対する薬を追加で使用することもあります。
前頭側頭型認知症
「性格が悪くなった」、「行動がおかしくなった」ような変化を周囲が感じやすいタイプの認知症です。社会的に不適切な行動や無礼な言動、衝動的な行動が増えたり、他人に無関心になったりします。他人に共感できなくなり、冷たい発言が増えます。一つの行動に執着して繰り返し行ったり、食事の好みがおかしくなったりします。徐々に言葉を喋ることや理解することも難しくなってきます。記憶力の低下はアルツハイマー型認知症よりは少ない傾向にあります。
MRIやCTでは脳の前頭葉と側頭葉の萎縮が他の部分よりも強くみられるという特徴があります。このタイプの認知症自体の進行を抑える薬は現時点ではありませんが、異常な行動に対して抗うつ薬が使用されることもあります。介護の分野も交えて早期から患者さんを支援していく必要があります。
脳血管性認知症
脳梗塞や脳出血などの「脳血管障害」によって認知症になった状態です。やられた脳の部位によって症状はさまざまで、記憶力の低下以外に手足の麻痺や言葉の障害、物を飲み込む機能の障害、失禁などさまざまな症状を伴います。
上に挙げたようなアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などのように徐々にずっと進行していくということはありませんが、脳卒中を新たに起こすたびに段階的に症状が進むことがあります。記憶力の低下自体を治す薬はありませんが、脳梗塞や脳出血の再発を予防するための薬の治療や生活習慣の改善が必要になります。
〜 治る認知症もあります 〜
慢性硬膜下血腫
頭を打ってから1~2ヶ月経った後に、脳の表面に出血が溜まってくる状態です。脳が圧迫されて認知症のような症状が出たり、手足や顔の麻痺が出たりします。脳が萎縮して頭の中にスペースが増えたご高齢の方に生じやすい状態です。
頭を打ってからかなり時間が経ってから症状が出ますし、中には頭を打っておらず尻もちをついただけの衝撃でも発症することがあるので、「ここ1~2ヶ月で急にボケた感じがする」といってご家族に連れられて受診することがあります。
CTもしくはMRIで診断が可能で、頭蓋骨に1.5cmくらいの穴を開けて中の出血を取り除くという手術で8~9割の方が治ります。
正常圧水頭症
脳の内部には脳室という空間があり、1日にだいたい500mlくらいの脳脊髄液が作られて絶えず循環しています。何らかの原因でこの液体の循環が妨げられると脳の内部にどんどん水が溜まった状態になります。これが水頭症という病気であり、認知症に加えて歩行の障害、尿失禁などが見られることが多いです。
脳に溜まった水をお腹の中に排出させるチューブを埋め込む手術(髄液シャント手術)をすることで認知症も治ることがあるため、いわゆる「治る認知症」としてテレビでもよく紹介されています。CTやMRIである程度診断が可能ですが、手術を行うに当たっては事前に腰に針を刺して髄液を試しに抜いて症状の変化をみる「タップテスト」という検査が必要になります。
※頭部MRIと認知症の関係について
2024年現在、MRI検査の結果(萎縮の程度など)でその人が将来認知症を発症するかどうかの予測を行うことは不可能です。アルツハイマー病の進行した方は脳が萎縮している傾向にあるのは間違いありませんが、高齢で脳萎縮の強い方でも認知症になっていない人はいますし、その逆もまた然りです。アルツハイマー型認知症のMRIでの早期診断のための研究は行われていますが、明らかに認知症が無い元気な人にMRI検査を行ったからといってその人が将来認知症になるかどうかは分かりません。
ただし、上に挙げたようないわゆる「治る認知症」を見つけたり、前頭側頭型認知症の診断をつけたりするのにはCTやMRIは有用です。また、認知症かと思っていたらMRIで脳腫瘍が見つかったというようなケースも稀にありますので、もの忘れが出てきて気になるという方は気軽にご相談ください。
頭痛の早期治療、病気の早期発見・予防に定期的なMRI検査をおすすめします。
※頭痛、めまいなど症状のある方は、保険を使用してのMRI検査が可能です。